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■ 伊勢・奈良ぶらり5日間の旅 ■
Part5 西の京・平城宮跡

平城01
平城宮跡

2014年7月4日(金)

 矢印:電車 矢印:徒歩

8:30 ホテル出発、近鉄奈良駅
    矢印
9:45 西の京駅
    矢印
9:50 薬師寺
    矢印
11:25 唐招提寺
    矢印
13:00 西の京駅
    矢印
13:10 大和西大寺駅、ランチ
    矢印
14:30 平城宮跡
    矢印
17:10 大和西大寺駅
    矢印
20:04 新横浜駅

■ ホテル出発、駅

今回の旅も、ついに最後の日がやってきた。昨日の雨はすっかり上がり、天気はよさそうだ。朝食は、今日が最後なのでホテルのバイキング(1050円)。黒米のようなお粥が珍しくておいしかった。もちろん奈良漬もGood。

平城02

お土産に奈良漬を近鉄奈良駅で買おうと思っていたが、まだ朝が早すぎでお店が開いていない。しまった!昨日の夜に買っておくべきだった。

西の京に行くには大和西大寺で乗り換えが必要で、また帰りのルートも考慮してここの駅の構内のコインロッカーに大きい荷物を預ける(300円)。一応ここのお土産やに奈良漬があることを確認し、西の京駅行きの電車に乗り換えた。

■ 薬師寺

駅のすぐ目の前が薬師寺。北入山口(拝観料500円)から入っていく。薬師寺は天武天皇が後の持統天皇の病気平癒を祈願して飛鳥の地に建てられ、平城京遷都で現在の地に移されている。

東院堂:
一旦、左側の通路をまっすぐに進むと朱色の回廊があり、その奥左手に東院堂がある。

東院堂では、国宝の「聖観世音菩薩像」のきれいなプロポーションが目を引く。が、ここも写真は禁止。この像を東西南北に取り囲むのが、何度も出てくる四天王。

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北に多聞天、東に持国天、南に増長天、西に広目天。

中門:
中門の両端には、金剛力士像があるが、青と緑の色鮮やかな鎧を身に着けている。

平城05 平城06 平城07

西塔、東塔:
西塔は昭和56年に復興され、東塔は現在、解体復興中。

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金堂、大講堂:
金堂では、薬師如来、日光菩薩、月光菩薩の薬師三尊像が漆黒に輝いている。

平城09 平城10

大講堂には、弥勒(みろく)三尊像が安置されていて、弥勒菩薩の左に大妙相(だいみょうそう)菩薩、右に法苑林(ほうおうりん)菩薩。ここの四方にも四天王がガードしている。

北門から出て玄奘三蔵院のほうを一回りして、唐招提寺へ向かう。

■ 唐招提寺

鑑真和上が759年に開き、仏教の戒律を伝えたお寺(拝観料600円)。

金堂、大講堂:
南門から入ると、正面に金堂があり、その奥が講堂。

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金堂には、盧舎那仏坐像(るしゃなぶつざぞう)、薬師如来像、千手観音立像の三尊が並んでいる。そしてなんとここの千手観音像の手の本数は956本で、本当に千本近くある。

説明員に聞いたら、本来は1000本あったものが、何回かの補修で減ったという話。なお、本当に千本ある観音像は、ここと、京都の寿宝寺(じゅほうじ)、大阪の葛井寺(ふじいでら)の3つだけだと。

なお、ここも四方を四天王がしっかりガードしていた。下記はパンフの写真。一番奥が千手観音像。

平城15

講堂には、弥勒(みろく)如来坐像と、四天王のうちの持国天立像、増長天立像の2つ。ここの弥勒如来には、口ひげのようなものが付いている。説明員の話では、本来仏像には性が無いのでひげではなく、ありがたいことばを表したものだとか。

戒壇、開山堂:
蓮池の奥に、戒を授けた戒壇(かいだん)がある。講堂の後ろにある開山堂には鑑真和上お身代わり像が安置。この開山堂は江戸時代に建てられたので、かわらには葵の紋がある。

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鑑真和上御廟(ごびょう)
唐招提寺の敷地に一番奥に、鑑真和上のお墓がある。昔の人のお墓と言えば、この旅でも何度か目にした五輪塔が有名だが、ここは「宝篋印塔(ほうきょういんとう)」と呼ばれる仏塔である。こちらは明らかに中国から伝わったのもの。

平城19

西の京駅から大和西大寺駅まで電車で移動。駅前の近鉄百貨店の地下で軽くランチを食べ、平城宮跡まで徒歩で10分程度。

■ 平城宮跡

東西に約1km、南北に約700mもあるだだっ広い公園のように見える。

平城宮跡資料館:
ここは入館無料である。平城宮跡を理解するにはここは欠かせない。入り口付近で、館内を無料で説明をしてくれるおばちゃんから声をかけられる。一人でも説明してくれるので、「宜しくお願いします!」

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平城21 平城22

「ここは、昭和30年くらいまで田畑だったが、道路や電車の開発を進めようとしたとき、遺跡が発見され、平城京跡と判明。保存活動が進められ、国が全ての土地を買収して本格的な発掘が始まった。また、掘ったあとは又、埋め戻している。」と、おばちゃんが説明してくれた。 

上左写真は書き物をした机、上右写真は当時の食事の様子。ペルシャじゅうたんや、バターなど、やはり大陸との交易は盛んであったことがわかる。

第一次大極殿(だいごくでん):
天皇の即位式などを行う最も重要な施設。遷都1300年祭の2010年に復元ざれた。大極殿の前はとにかく広くて何も無い。遠〜くに朱雀門が見える。

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遺構展示館:
奈良時代の建物の柱穴の跡そのものが展示されている。ここも入館無料で、ボランティアの説明員に説明してもらった。シーズンオフに行くと、人も少なく丁寧に説明してもらえる。

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すでに16時を過ぎ、東院庭園まで行く時間が無かったので、遺構展示館を最後に駅に向かう。

■ 帰り

大和西大寺駅のお土産屋やで奈良漬を買い、18時8分の電車で帰路につく。京都駅で18時5分の新幹線のぞみに乗り換え、2時間後の20時5分にはもう新横浜だ。

今回の旅は、ま〜よく毎日毎日歩いたものだ。天気は、梅雨に時期にしては4日も晴れてくれて、本当にラッキーだった。ただ、ラッキーもあれば、実はアンラッキーなこともあったのである。

Unluckyその1:
5日目に愛用の黒のキャップを無くす。帽子は多少厚手だったので、被ったり脱いだりしていたが、ランチ後に無いことに気づいた。近鉄百貨店や駅の忘れ物コーナーにも確認したが届けは無かった。この帽子はそろそろ私から離れたかったのだろう。拾った人に大事に使ってもらおう。

Unluckyその2:
こちらがちょっと深刻である。初日の夜の居酒屋でさめの干物を食べたときに奥歯に違和感を感じた。翌日から食べ物を左下奥歯でかむと痛むのである。虫歯かなと思いつつ左奥歯を使わないように旅を終え、横浜に帰ってから歯科医に行ってびっくり。

奥歯が真ん中から縦に割れていたのである。結局この奥歯は抜くことになり、抜いてみると歯の内部が空洞になっていた。いずれ割れる運命にあったのかも知れない。あるいは、伊勢の神様を写真で撮り過ぎて、神様に怒られたのかも!? 何れにしても、この年になると身体を大事にしなくては。


伊勢はほぼ行きたいところは回れたが、飛鳥、奈良はまだまだ行けなかった場所が多く残っている。吉野の桜も是非見てみたいものである。

次回の楽しみに取っておこう。


(終わり)

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